同居人

 一体いつから抱えているのかわからない。ここ3、4年のことだろうか。気づいたらしばらく前から、ゆるやかに死にたい気持ちを抱えながら生きている。今すぐにビルから飛び降りてしまいたいような強い感情ではない。ああ、なんか別にいつ死んじゃってもいいかもなあ。というあいまいな感情だ。

 

 死んだら何もかも終わっちゃうんだよ。と諭す人がよくいる。全部終わっちゃえばいいのにな、と思ってるから言ってるんだよ?きっとわからないんだろうなあ、この気持ち。

 

 なんでこんな気持ちを持つようになったのか、最近よく考えている。多分、私は人生に期待していないみたいだ。何かを成し遂げたくて生きていたり、生涯を捧げたいほどの愛情を誰かに向けて生きていたり、そういうのが私にはなくて、ただ、終わりに向かって生きている。生きることが素晴らしい、という気持ちが私にはない。

 

 別にわかりやすい苦しみを抱きながら生きてきたわけではない。むしろ恵まれた環境で生きてきた方だと思う。好きなものだって、楽しみにしていることだってそれなりにある。だけど、なぜか生きていることを慢性的に苦しく感じてしまう。一人きりでずっと水中にいるような気分だ。きっとこの気持ちは何かひとつのきっかけで晴れるようなものではなくて、ずっと心の中に棲まわせながら、どうにかうまいこと一緒に暮らしていかなきゃいけないんだろうなあ。

 

 なんで急にこんなブログを書きたくなったのか、自分でもよくわからない。なんとなく、140文字の制限に縛られずに文字を打ちたくなった。今、初めてパソコンでブログを書いてるので、文字通り文字を打っている。この期間に山ほど出された課題のおかげでタイピングが少し早くなったようで、キーボードで文字を打つことがちょっと楽しくなったかもしれない。

 

 最近、夜ご飯を食べたらすぐに、妹と一緒にお風呂に入るというのが習慣化している。20歳の姉が高1の妹といまだに二人でお風呂に入るというのは、おそらく世間でもかなり仲のいい姉妹の分類に入るんじゃないかな。妹がまだ小さかったときは、5歳の壁があまりにも大きくて、ことあるごとに腹を立てていた。でもここ数年は、妹が年齢的にも精神的にもだいぶ大人になって、対等に話せるようになったことがすごく楽しい。私は勉強ができるけど生きるのが下手で、妹は勉強ができないけど生きるのが上手い。妹とはなんでも話してそれなりに共感しあうような関係だけど、根底にある考え方みたいなものはまるっきり違くて、妹みたいな考え方ができればきっと死にたいなんて気持ちを抱くことなく暮らせるんだろうなと、少しうらやましくなった。

 

 まずい。終着点が見当たらない。という気持ちをそのまま書くことで、ここで終わりにしてしまおうという作戦です。早く妹とも一緒にお酒飲んだりしたいなあ。なんて、こんなこと書いてる時点で、なんだかんだ長いこと生きていくんだろうな。