25

30歳になる前に死んでしまおう。
と考えていた30歳まで、残り5年になってしまったようだ。うっすらとした希死念慮を常に頭の片隅に浮かべていた20歳前後の頃からすると、最近ではだいぶ健やかに穏やかに生きられている気がする。少なくとも、あと5年と言わずもう少しくらいは生きてみてもいいかな、と思えるぐらいには希死念慮はいつの間にか薄れていた。どうせ死ぬなら預金残高と積立NISAを全部パーっと使い果たしてから死んじゃおうと考えるぐらいの図太さもある。きっと、心から好きだと言える対象が世界には案外沢山あって、その一方で私のことを好いてくれる人も思ったよりも存在しているのだと少しずつ認識できたお陰だと思う。

25歳なんて、もっと大人だと思ってたのに。って、きっと何歳になっても同じ台詞を言い続けるんだろうな。果たしてどんな姿だったら自分が思い描いていた大人像に合致するのかはわからない。でも、自分で稼いだお金で自分の生活を成り立たせ、自分が心から好きだと思えるものに惜しみなくお金を注ぐことのできるこの生活は、これはこれで間違いなく理想の大人の生活ではなかろうかと最近よく考えている。何してるのかよくわからないけど楽しそうな親戚の大人、という理想の存在に確実に近づいている。

随分と久し振りにブログを書くに当たってとりあえず過去の記事を一通り読み返していたけど、このブログを開設してから実は5年も経ってたんだね。読み返すには恥ずかしい文章もかなり、というか大半がそんな文章だけど、改めて読むと文章を綴った当時のときめきや苦しみや葛藤をまざまざと思い起こすことができて、大事なアルバムのような存在になっていた。それはそれとして、このブログにも散々書き記している、このブログを書き始めたきっかけでもある好きだった人が今日の夢に出て来たのは、あまりにも呪いが長すぎやしませんか?

そろそろ呪いから解放されたいな。恋愛、難しすぎません?この世の人たちみんなどうやって、そんないとも簡単に恋愛してますよ〜みたいな素振り見せてるんだ。恋愛経験がないことにより自分の人間性が欠落しているように感じてしまうの、明らかに恋愛史上主義社会に踊らされている弊害でしかないけど。もうちょい生きるならせめて1回ぐらいは、好きになっても良い人のこと好きになりたいし好かれてみたいな。例え何も起こらなかったとしても、自分だけは自分のことを好きでありたい。

この先5年ぐらいかけて、もっと自分を愛せるようになりたいですね。愛すべき格好良い大人の女になることを向こう5年ぐらいのゆるい目標にしようかな。目標も決まったことだし、3時間以上離陸が遅れた飛行機もようやく着陸しそうな頃だし、この辺りでそろそろ締めましょうか。次の更新まで5年は空かないように頑張ります。

tanka-4

2022年6月10日
きっともう、会うことはないと知っている
次会うときはと幻の話

6月25日
きっともう、会わないならばせめてただ祈らせてほしい
健やかであれ

7月2日
大抵の家具はひとりで組み立てる
「推奨人数2名」は揃わず

7月14日
50枚入りのマスクが2箱空き 季節は春から夏に変わった

7月16日
四畳半風呂トイレ別キッチンなし
Wi-Fiありの世界で孤独

7月19日
2/2 母親からの仕送りにランチパックが入っている率

7月23日
「仙台」と掲げるナンバープレートが
1枚もない街の寂しさ

7月31日
いつの日か、きっといつかと恋焦がれ
握り続けた拳を掲げ

8月11日
いつまでも窓側の席を予約する 子供心に素直な大人

9月3日
君の火を僕が絶やさず受け継ごう
1000年先まで燃ゆる煙草

9月6日
あてもなく知らない街まで歩きたい
初見の飲み屋でせんべろしたい

9月12日
飛び降りた近所の高校生の彼
死ぬなら死ぬほど遊んで死ねよ

9月12日
線路 滝 清水の舞台 夏の崖
わたしたちが飛び降りる先

9月19日
「またね」にはまた会うまたねと
もう2度と会えないまたねとふたつあります

10月11日
葬式で聴くまで死ねない曲がある
ところで不死身になるしかないのか

1月5日
もう2度と呼ぶことのないその名前
iPhoneだけが忘れてくれない

1月10日
人知れず泣く日が増えた
1人では誰も目尻を拭ってくれない

3月8日
鳴り響く猛りよ祈りよ轟音よ
この夜だけは ずっと祝祭

最近全然思いつかなくなっちゃったなー。
思いつかないのではなく考えなくなってしまっただけなのかな、などと思いながらひっそりと下書きから解放。
出し惜しみしてたから全然10首以上ある。

tanka-3

社会人になって2ヶ月が経ち、研修が終わり、寮が決まり、通勤が始まり、毎日7時間寝ても仕事中眠くて眠くてたまらず、体も心も重い週の真ん中だろうと片道25分の徒歩区間があり、いつまでも週末を待ちくたびれる生活を送っています。歩くしかない区間が強制的に発生したので、歩きながら考え事をする時間が増えました。歩きながら思いついたり捏ねくり回したりした短歌が10個貯まったので放出します。案外続いている。


5月22日
まだ誰も私を知らぬこの街で
まっさらな日々積み重ねてく

1999年夏、終わり損ねた世界に生まれた私

5月23日
起きてすぐ 眠気を冷凍庫に入れて
夜にはそれを齧って寝たい

5月24日
あの道もあの人の名もあの店も
知らないことがやけに楽しい

5月28日
ぎゅっと強く握られた手に身を預け
両親の手で空飛べた頃

5月30日
青い海泳ぐ鯨の中で飲み込まれたことなど気づかぬ藻屑

世の中の全てに絶望した夜にレズ風俗に行くという夢

6月5日
スーパーの帰りのパン屋で明日食べるパンを2個買う
暮らしをしている

スイッチを押すだけ簡単30秒 悪い記憶が全て消えます

6月7日
昨日見たくだらない夢の話でも
きみは目を見て聞いてくれたね


試しに多くを語るのを辞めてみました。あと何か決めたテーマに沿って短歌を作れる人すごい。私はというとぽっと出で思い浮かんだことしか書けません。今日は本当に仕事中眠くて眠くて、働きに行ってるのか微睡みに行ってるのかわからない状態だったのでもう寝ます。7時間半睡眠を手に入れる。

tanka-2

まさかvol.2が世に出るなんて、私自身も思っていませんでした。このまま爆バズりして爆売れして単独短歌集出して印税で南の島で猫と二人暮らしする未来を夢見てvol.3公開を目指します。すみません酔っ払ってます。


3月24日
ひだまりでじりじり焼けたねこの毛で
火傷せぬよに転がす仕事
そんな仕事だけをしながら週休3日で月40万円ほしい。

もう君が去ってしまったこの町で
いるはずのない亡霊探す
学校に残した荷物を引き上げに行った日、件の彼女が住んでいた町を車窓から眺めながら。

3月30日
昇るのを見届けた日が沈みゆく
わたしが泣いても地球は廻る
実家で過ごす最後の日。暗いうちに起きて妹と海まで日の出を見に行って、昼の間目一杯遊んで、夕方に西の角部屋で泣きながら洗濯物を畳んだ。

人生は美しいと彼が歌うから
試しに明日は、と繰り返し生きる
LIFE IS BEAUTIFULを聴くと、無性に泣いてしまいそうになるよね。

3月31日
遠足もキャンプもライブも旅立ちも
ハレの日はいつも雨ばかり
何かと雨の思い出ばかり。雨は嫌いだけど雨のお陰で記憶が鮮明になる部分はあるかもしれない

4月12日
生活の端にふと君映り込む ことが君にもあればなんてね
会うことも関わりも無くなって順調に生活から存在感が薄れているけど、ふとしたきっかけで件の彼女が思い浮かぶことがあって、そんなことが向こうにもあったりしたらちょっと嬉しいななんて。

4月16日
桃色のかの有名なあのドアがあれば毎晩何処へ行こうか
ゴールデンウィークに帰省するのに往復4万もかかって、どこでもドアがあったらなと切実に。

4月17日
悲しい日 当てもなくただ歩こうか
誰にも見えない犬を連れてさ
散歩する仲間がいるというただ一点のみにおいて、犬のいる暮らしにちょっぴり憧れる。

4月30日
腕を抜けするりと逃げて空いた席
金子みすゞの"ねこ"の部分
インスタのbioに書いている"金子みすゞと2字違い"というお気に入りのフレーズから連想してみた。

5月3日
火を見ると眠くなるっていつも言う
寝てても良いよ 朝に起こすよ
火を見ると眠くなるのは私です。


思わせ振りな女になりたいから本当は解説的な短文も書かない方がいいんだろうね。出しゃばりだから語っちゃうんだよね。

門出

夜に家族が4人全員揃っていて、みんなのお腹にまだ余裕があって、何かおいしいお菓子がある晩は、食後の洗い物やその他の家事が落ち着いてから温かい緑茶かコーヒーを入れてお茶をするのが我が家の日常だった。でもこの習慣は昔からある訳ではなく、ここ数年で特に増えたような気がする。多分、私が中学まで毎日水泳漬けだったり、進学してからもバイトや研究室で帰りが遅くなる日がほとんどだったり、妹が高校受験のために通っていた塾を辞めたり、いろんなタイミングが重なって、ばらばらだった夜の過ごし方が揃う日が一時的に多くなったからなのだろう。

私が実家を出るまで残り2日になってしまった夜も、4人でお茶をした。その次の日は母親が月末の残業で帰るのが遅い日だったから、実質最後の晩餐のような気持ちだった。どのお菓子を食べようかななんて眺めていると、父親が就職祝いにと言って紙袋を渡してくれた。中には、この先何十年も使い続けられそうな立派な時計が入っていた。私のことを思い浮かべながらこの時計を選んでくれたのだろうなと想像すると、たまに父親を嫌いになってしまいそうな自分がすごく酷い人間に思えてしまった。お父さんのこと、いい父親だと思ってるし、基本的には多分好きだし、好きでありたい。ただ、このまま一緒に住み続けていたら多分嫌いな側面がどんどん目についてしまうのだろうな、と思ったのも家を出ようと思った理由の一つだった。父親の反応を心のどこかで気にしながら生活するのも、そんな自分も嫌だった。

それまでいつも通りの様子で私たちを眺めていた母親が堰を切ったように声を上げて泣き始めて、母親ほどの歳の人がそんな風に泣く姿など見たことがなかったから、こんなに悲しませるような選択をしてしまったのかと思うと申し訳なくなった。お母さんと暮らすのが日常ではなくなるのだという実感が湧いて、今更寂しくなってしまった。その次の日の私が実家で過ごす最後の夜も、部屋で1人で荷造りをしているところに残業を終えた母が帰ってきて、何年振りかもわからないほど久しぶりに思い切り抱きしめられて、2人でひとしきり泣いた。お母さんのことはずっと大好きなのに、こんなに遠く離れて暮らす選択をしてしまってごめんね。

このまま1人で暮らすのが当たり前になって、いつか、自分の人生を自分の意思だけで決めるのが当たり前になって、父親に何を言われようと揺るがない自分になった頃には、こうして家を出た理由を話せる日が来るかもな。嫌な側面は確かにあるけれど、できれば父親のこと嫌いにならずに生きていきたいとは思ってるんだよ。大好きなお母さんにとっての好きな人な訳だし。

泣いてばかりいる3月だったな。せめて、不安よりも期待が勝る未来が訪れていればもう少しましだったのだろうな。今は、見渡す限りの不安の中に、2%ほどの期待が押しつぶされそうに存在している。

と、途中まで書いて書きかけのまま新生活に忙殺されて放置していて、このまま下書きを削除してしまってもいいかもなとも思ったのだけど、せっかくの引き篭もりデーだからちょっくら完成させることにした。ここよりも前の部分もかなり書き足している。

空港で号泣しながら妹と母親と別れて、曇り空の中遥々大阪までやって来て、ビジネスホテルのシングルルームよりも狭いような寮の部屋で暮らし始めてあっという間に半月が経った。毎日のように同期と話せるし、ごはんを一緒に食べる人だっているし、ほとんど毎晩妹がビデオ通話をかけてきてまるで私もリビングにいるかのような感覚だし、今のところはホームシックになる暇もなく過ごしている。始まってみればなんとかなるもんなんだよな。

ただ、この先、自分の意思で誰かと家族になろうとしない限り、このままずーっと1人で暮らしていくのだろうかと考えると底知れぬ寂しさを漠然と感じることはある。とりあえず今のうちは私が私の暮らしを全て決められる、決めねばならないこの暮らしを満喫しようと思う。まあ、来月の今頃どこに住んでいるのかわからない宙ぶらりんの状況が本当に不安でしかないのですが。きっとどうにでもなるだろう。今までもどうにかなって来たんだし。

tanka-1

 

短歌ブームが自分の中で起こってる気がしたので記録用の記事を作ることにした。これが一過性の気まぐれなのか、長いこと続くものなのかわからない。-1とかラベリングしてるけど-2が永遠に更新されない可能性も大いにある。1個ずつツイートしていたら飽きたタイミングがすぐにバレてちょっと恥ずかしいので、ここに10個溜まったら世に出すことにする。果たしてそもそも10個溜まるまで飽きずに続けられるのか。

 

3月2日

ほんとうにあたしでいいの?ずぼらだし、

つま先伸ばして追いだき押すし

記念すべき一作目。今やネットミームとなった上の句がとても好きだったんだけど、お風呂に浸かって上がるのが面倒になっていたらふと下の句を思いついた。

 

3月3日

覚えてる?7年振りの実家だよ 

君と走った 何千回も

学校の最寄駅に置いてた通学用自転車を自宅に引き上げるために、追い風効果で45分の道のりを漕いで帰った日のこと。

 

坂下る時だけ自由な気がしてた

軋むブレーキ なけなしの理性

同じく自転車で家まで帰った日。数え切れないほど上ったり下ったりした学校の坂道を自転車で駆け降りるのもこれが最後か、と思って漕ぎながら考えた。10個の中で1番好きかも。

 

3月4日

この恋で彼女を呪ってしまおうか

呪われてるのは私だろうか

件の彼女への葛藤

 

3月11日

息潜め深夜高速覗き見る 窓の向こうは大体宇宙

夜行バスの中で、カーテンをこっそりめくって外を覗く瞬間が好き。

 

3月15日

一人きり大浴場でいつまでも

泳いでしまう大人のままで

温泉旅行でカミングアウトしてオールしたまま1人でお風呂に行って、回らない頭でぐるぐる考えながら大浴場1人占めだったので泳いでた。

 

3月19日

キャスターがタイルの目地の上駆けて

刻むリズムで曲を作ろう

夜行バスを降りて人がまばらな地下道で、スーツケースのキャスターが鳴らす音が楽しいなと思いながら歩いた。

 

3月20日

満月が輝く晩に思い出すくらいは許してくれるだろうか

月に縁のある名前の彼女と、最後に振り向いて互いに手を振り合ったあの光景は、美しくも痛い傷としてきっとずっと残るのだろうな。

 

来世ではただ友達になりたいと

綺麗事だけ書き留めておく

卒業式の夜に誰とも飲みに行けないの寂しすぎて、予想外にも塾バイト仲間と飲んでまあまあ酔った夜でした。酔って恥ずかしいこと書くのは人間の性。

 

反則だ まさか今夜が満月とは

ノンフィクションなら出来すぎている

ささやかな飲み会の帰りにバスを降りたらあまりにも月が綺麗で、嘘だろ、と思いながら泣き尽くしていた。マスクがあるから家族にはバレていない。

 

10個溜まってから世に出そうと最初に決めたおかげか、じゃあとりあえず10個は作ってみるかという効果が働いて意外と早くお披露目することができました。結構恥ずかしいことしてる自覚はあるけど、ツイッターの中では散々恥ずかしい人間性を晒しているのでこの際大差ないだろう、という希望的観測。今後続くか否かは全くわかりません。

卒業旅行備忘録

卒業旅行、と位置付けていいのかわからないほど慎ましく、都合の合う数人だけで温泉に泊まって、その夜の出来事を酔いに任せたあやふやな記憶にはしたくないな、と思ったので少し書き留めておくことにする。

ご飯もお風呂も済ませてさあ夜はここからだという時間に、ひとつの部屋にみんな集まり酒盛りをしながら、カタンをして、マリオカートをして、マリオパーティをして、またカタンをして、眠気で脱落せずに残った数人で深夜4時ごろから始まった、7年を振り返って今だから話せること、みたいな流れ。深夜に酔っ払った学生男女が数人いたら恋愛の話が始まるのは至極当然で、お互いに過去の恋愛について話し始めたりしていた。そもそも私は人の恋愛話を聞くことに対しては抵抗は全くなくて、ただ、その輪の中に入っていたら自分にも順番が回ってくる可能性がどう考えても高くて、そうなった時に一体何を話してどうかわせばいいのかがわからないからそういった話題に興味がない素振りをして避けて過ごしていた。

でも今日は、自分のターンが来て、もし話せそうだったら自分の恋愛指向について話そうかなと、相当酔った頭の片隅で冷静になって考えていたりした。こんなに腹を割って話せるのなんてきっと卒業前最後だし、誰にも自己開示できずに過ごすのはやはり寂しいし、もう卒業だし、卒業式が終わったら次いつ会うかもわからないし、きっとこの人たちなら大丈夫だろうし、などと頭をぐるぐるさせて、結果的にやっぱり話しておきたいなという気持ちになったので、その時その場にいた同級生3人にカミングアウトをした。話せそうだし話そうと心を決めていても、アルコールの勢いを借りていても、いざ口に出した後の相手の反応が至って穏やかであっても、やっぱり話す瞬間はどうにも震えてしまうな。

きっと信頼の置ける相手だから話そうとは決めたもの の、いざ伝えると自分の不安が全くの杞憂だったほどにフラットに受け止めてもらえて、ああ、この人たちと学生最後まで過ごせて良かったな、と思えた。話した3人のうち1人は7年間のうちの後ろ2年間で一緒だっただけの留学生だけど、「自分も今の相手の前は同性を好きだったからバイセクシャルかもしれない」とあまりに自然に言われたり、7年間丸ごと同じクラスだった友人からは、「他のセクシャルは周りにいたけどデミは初めて聞いた」とまるで当たり前の存在のように会話が進んでいったことが嬉しい驚きだった。自分の中でとてつもなく重荷だと思って頑張って背負おうとしていたものは、案外軽々と存在を認識してくれる人が実は周りにもいるし、もしかしたらこの重さも少しずつ軽くしていけるのかもしれないと思った。

こんな風に、この人ならきっと大丈夫だろう、と信頼できる人に少しずつ打ち明けたりしていけば、このいろんな要素でがんじがらめの生きづらさも少しは楽になったりするのかな。あとは、今日打ち明けた人たちには、実は案外近くにこういう人もいるんだなーって感覚が少しは残ってたりしたら嬉しいかもな。

この学校入った当初の自分、マジでクソ真面目人間すぎてお堅く留まった絡みづらい野郎だったに違いないけど、年を重ねるにつれて色んなことへのモチベは下がり、それと同時に色んな人と仲良くできるようになった気がする。人としての面白みは増したかな。特に最後の2年間を一緒に過ごした居残り組の同級生たちのこと、こんなに大好きになると思ってなかったから卒業目前なのが本当に寂しいんだよ。卒業式泣いちゃいそうだね。